第三内科診療部門
炎症性腸疾患内科
診療体制
炎症性腸疾患内科が対象とする炎症性腸疾患(IBD [Inflammatory Bowel Disease]: 潰瘍性大腸炎、クローン病、[腸管]ベーチェット病など)は、高い専門性に基づく個々の患者様の経過の違いに対応した包括的な医療の実施が、患者様の予後(治療経過)を大きく左右する病気です。この分野の近年の薬物療法の進歩は著しく、個々の治療の効果を引き出す緻密な診療を行えば、食事や就職、結婚、出産など、大きな生活の制限を必要としない患者様も確実に増えてきています。
IBDの多くは難病(国が指定する特定疾患[指定難病])ですが、「難病」という言葉に過度の不安を抱く必要はありません。当科は日本炎症性腸疾患学会の指導施設である当院のIBDセンターを基盤に、この分野の専門家として、下記の先進的な高度医療体制を整え、特に他院での治療で経過が安定しない患者様や、より安定した経過を希望される患者様にも受診して頂き、患者-医療従事者間の信頼関係を大切にしながら、「難病を乗り越える」高度な専門診療を行っております。
<当科の診療体制の特徴>
- 便中カルプロテクチンや血清LRG(ロイシンリッチα2グリコプロテイン)の院内測定による即日結果説明と同日治療方針への反映
- 抗TNFα抗体製剤(インフリキシマブやアダリムマブ)の血中濃度測定や免疫調節剤(チオプリン製剤)に関する6TGN測定による治療の最適化や二次無効抑制
- 炎症性腸疾患専門外科医(当院常勤)との連携や毎週の合同カンファレンスによる適切な術前から術後の治療
- 潰瘍性大腸炎のサーベイランス内視鏡や、クローン病の小腸バルーン拡張術など高度な専門内視鏡診療
- 家族性地中海熱遺伝子関連腸炎など鑑別診断に必要な遺伝子検査の実施
主な対象疾患
当科の主な対象疾患である潰瘍性大腸炎とクローン病は青年期に好発する慢性疾患で共に患者数の増加が続いており、例えば日本をはじめとするアジアの患者数増加は著しく、日本国内の潰瘍性大腸炎患者数は米国に次いで世界第2位と言われています。一方で、治療の進歩により長期の経過を経て高齢になられた患者様も増え、高齢で発症される患者様もおられます。
- 潰瘍性大腸炎:粘血便を主な症状とする病気で、ステロイド剤による治療の効果が不十分だったりステロイドを減らすと再燃したり、また頻回に再燃する不安定な経過の方が難治例とされています。
- クローン病:下痢や腹痛を主な症状とする病気で、大腸や小腸の狭窄や瘻孔、痔瘻や肛門周囲膿瘍などの肛門病変などの合併症がある方が入院や手術のリスクが高まります。また生物学的製剤等の治療が効果不十分だったり途中で効果が低下した方が、難治度が高くなります。
- (腸管)ベーチェット病:ベーチェット病は再発性の口腔内アフタ性潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚症状、眼症状などを主症状とする全身性の病気ですが、一部に腸管の潰瘍を伴う方がおられます。この腸管ベーチェット病は比較的患者数が少ないため診療経験の豊富な医師は少ないですが、当科は対応しております。
- 家族性地中海熱遺伝子関連腸炎:近年注目されている新たな病気(の概念)で、従来、治療経過が安定しなかったり、独特の合併症(高度な関節痛や頭痛、皮膚病変、胸痛など)を有する潰瘍性大腸炎やクローン病と思われていた患者様のなかに、この病気に該当する方がおられることがわかってきています。この病気も比較的患者数が少ないため診療経験の豊富な医師は少ないですが、当科は対応しております。
- 非特異性多発性小腸潰瘍症:本邦で発見された慢性の貧血、低蛋白血症を主な症状とする病気で、極めて患者数が少ないため診療経験の豊富な医師は少ないですが、当科は対応しております。
高度な専門医療
潰瘍性大腸炎やクローン病は難病と言われ、以前は進学、就職、結婚、出産など人生の大切な節目で苦労される患者様も多かったのですが、近年の内科的治療の進歩により、下図のようにお薬による治療が患者様の治療満足度に貢献できる病気となって参りました。以前より手術を必要とする患者様も減ってきており、寿命も延びてきています。
炎症性腸疾患(IBD)の診療は、主に診断、治療、治療の有効性の確認や合併症確認のための検査、それに基づく治療内容の調整、などの段階に分かれます。下図は当科の渡辺憲治がプロジェクトリーダーである厚生労働省研究班(久松班)のクローン病治療指針の各種フローチャートです。
久松理一、渡辺憲治、他:厚生労働科学研究費 難治性疾患政策研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」(久松班) クローン病治療指針 令和5年度改訂版より
- 診断:炎症性腸疾患(IBD)は慢性疾患のため、診断されれば患者様は長期の継続的な治療を必要とするようになります。そのため最初の正確な診断は非常に大切です。血便や腹痛、下痢、発熱など大変な症状がある時に色々な検査を受けることは大変ですが、最初が肝心です。一方で専門家が検査しても、すぐには確定診断できない患者様もおられます。こういった場合は不安も強くなると思いますが、病気の特徴が明確になって診断ができるようになるまで粘り強く追っていくことも大切になります。
診断は、血液検査や便検査、通常の大腸内視鏡検査やCT検査、MRI検査に加え、小腸検査(X線造影、バルーン小腸内視鏡[下図]、カプセル内視鏡[下図])や上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)、腸管超音波検査、遺伝子検査などを必要に応じて行います。
- 治療:炎症性腸疾患(IBD)の分野では近年、毎年のように新しい薬剤が登場し、治療選択肢が増えてきていますが、95%以上の有効率を有する薬剤は無く、多くの薬剤が3分の2程度の有効率です。ですので大切なことは、個々の患者様の病状に合わせた治療方針の選択と高い治療効果が期待できるタイミングでの治療導入です。
また新しい高額な薬剤を色々使うことだけが専門的な治療という訳ではありません。特に潰瘍性大腸炎では、既存治療と言われる5-アミノサリチル酸製剤(経口剤、注腸剤、坐薬)を基盤に、ステロイド剤(経口剤、注腸剤、坐薬)や免疫調節剤(経口剤)だけで多くの潰瘍性大腸炎の患者様の治療が完結できます。慢性の病気として、個々の患者様の重症度や合併症、受験や就職、妊娠希望などの状況、安全性、費用などを踏まえた治療選択の提示や御相談を行っております。
<近年増えている5-アミノサリチル酸製剤への不耐>
5-アミノサリチル酸製剤は潰瘍性大腸炎などの基準薬で基本的に妊婦さんが妊娠中でも内服継続可能な安全性の高い薬剤ですが、アレルギーのような症状を呈する不耐例が近年、増えています。その多くは専門家による問診で疑い、対処することが可能ですが、使える薬剤と使えない薬剤の冷静な選別と、長期治療を視野に入れた他の治療選択が大切となります。当科では、こうした患者様の治療にも豊富な経験を有しております。
<後手に回らない治療>
患者様にとっても主治医にとっても辛い状況は、患者様の病状の悪化を後追いするように治療を強めたり、変えたりせねばならない状況に陥ることで、入院や手術のリスクも高まります。このような状況を回避するためには、適切なタイミングによる適切な治療の選択で、悪化していく病状に対して、しっかりと炎症を抑えることが必要となります(寛解導入療法)。患者様との信頼関係を大切に、一つ一つの治療の有効性がしっかりと検証できるような手順での治療を心掛けております。
<豊富な最先端の新規治療の選択肢>
炎症性腸疾患(IBD)の治療方針を大きく変えたと言われる抗TNFα抗体製剤(インフリキシマブ、アダリムマブ、ゴリムマブ)や日本で開発された安全性の高い治療選択肢である血球成分除去療法のほか、近年開発されたウステキヌマブ、ベドリズマブ、ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害剤(トファシチニブ、フィルゴチニブ、ウパダシチニブ)、リサンキズマブなど各種新規薬剤の治療を実施しております(下図参照)。更に重症潰瘍性大腸炎の患者様の手術回避を期待するタクロリムスの治療(主に入院での導入となります)にも豊富な経験を有しております。
長沼 誠、渡辺憲治、久松理一、他:厚生労働科学研究費 難治性疾患政策研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」(久松班) 潰瘍性大腸炎治療指針 令和5年度改訂版より
<ライフイベントに寄り添う治療>
炎症性腸疾患(IBD)は青年期に好発する慢性の病気であるがゆえ、患者様は進学、就職、結婚、出産など人生の大切な節目をIBDと共に迎えていかれます。こうした大切なライフイベントに対して、患者様の御希望にできるだけ沿った診療を行っております。是非、お気軽に主治医に御相談下さい。
- 治療の有効性や合併症の確認と治療内容の調整:炎症性腸疾患(IBD)の分野では今のところ95%以上の有効率を有する治療は開発されていません。ですので、どんな治療を行ったとしても原則として有効性の客観的な確認が必要になります。また、例えば抗TNFα抗体製剤は一旦有効だった患者様の効果減弱が1年で15%前後の割合で起こると言われています(二次無効)ので、有効で再燃予防のために継続している治療(寛解維持療法)の効果が経過とともに低下していないかの客観的な確認も計画的に必要になります。
大切なポイントは、治療の目標と、再燃や合併症の早期発見です。治療目標については、症状の緩和・消失は治療の最終目標ではなく、途中の通過点(治療の第一段階の目標)であることを知って頂く必要があります。「症状の消失=潰瘍の治癒」とは限らず、単に症状が出ない程度に潰瘍が小さくなっただけの場合がよくあります。この段階で症状だけを目安に治療内容を弱めれば、再燃し易いことは御理解頂けるのではと思います。「症状の消失」から「血液検査等の正常化」を経て、最終的には「潰瘍の消失(粘膜治癒)」を達成し、長期に維持していくことが、生活の制限、入院や手術、癌などの合併症のリスク低下に結びついていくことが医学的な研究で示されています。勿論、「症状の消失」は大切ですが、それは治療の通過点に過ぎないことを御理解頂き、有効性と安全性のバランスを取りながら、真の治療目標の達成と維持に向かって頂きたいと思います。
<苦痛の少ない高精度な内視鏡検査>
炎症性腸疾患(IBD)は「腸の病気」であるが故に、内視鏡検査が重要な役割を担っています。診断の時だけでなく、上記の「潰瘍の消失(粘膜治癒)」の確認、狭窄や癌などの合併症の発見に加え、再燃の早期発見にも有効です。再燃を症状が悪化する前の内視鏡でわかる再燃の段階で早期発見して治療内容を調整すれば、調整した治療の有効性が高まることも期待できます。このため症状が悪化してから内視鏡検査するのではなく、時期を決めて計画的に内視鏡検査する方針も大切になってきます。
もちろん喜んで内視鏡検査を受けられる患者様が少ないことも我々は理解しています。ただ病状悪化の発見が遅れれば、結局、入院や手術のリスクが高まります。当科では少しでも患者さんの内視鏡検査に対する負担を軽減するために、静脈麻酔や鎮痛剤を用いた苦痛の少ない内視鏡検査も行っております(車など自分で運転する乗り物での来院を内視鏡検査の日は控えて頂き、検査後に一定時間休んで麻酔が覚めてから帰宅して頂く必要があります)。是非、お気軽に診察の場でお申し出下さい。
炎症性腸疾患(IBD)は長期になると、潰瘍性大腸炎では大腸癌、肛門病変(痔瘻や肛門周囲膿瘍など)を有するクローン病では直腸肛門部癌のリスクが高まることが知られています。こうした癌を救命可能な早期の段階で発見に努めるためにも内視鏡検査は有用です。特に潰瘍性大腸炎に発生する腫瘍は、癌の前段階の異型上皮(高度異型上皮と軽度異型上皮があります)で発見すれば、外科手術による大腸全摘術でなく内視鏡による切除(主な対象は単発で範囲がわかる軽度異型上皮です)の可能性が出てきます。しかし内視鏡で切除可能な大きさの段階で軽度異型上皮を発見することは非常に高精度な内視鏡検査を要します。当科は最新の内視鏡機器による色素や特殊光を用いた拡大内視鏡観察等により、こうした腫瘍の早期発見の実績を有しています(下図)。
<IBDセンターでの多職種連携によるチーム医療>
当院IBDセンターでは、様々な合併症や医療ニーズに対応して専門的な医療を実施するため、消化器内科、消化器外科、小児科、産科婦人科、病理診断科、リウマチ・膠原病内科、内視鏡診療を行う光学診療部、インフリキシマブなどの治療を行う外来化学療法センター、栄養指導などを行う栄養部などと連携したチーム医療を実施しています。その他、皮膚科、眼科、整形外科など合併症に応じた院内紹介による治療も行っております。
当院では国内炎症性腸疾患外科の中心的病院である兵庫医科大学外科で診療してこられた皆川医師(常勤)と連携した、術前から術後に至るシームレスな診療を行っております。従来、クローン病の外科手術は、手術後の再燃による再手術のリスクが高かったため、狭窄などで腸閉塞のリスクがあっても、腹痛を我慢し、食事を制限して頂いて、手術をできるだけ先延ばしする診療がされていました。しかし先に述べたように、近年の内科的治療の進歩と高精度で計画的な内視鏡検査等の実施により、再手術のリスクは確実に低下しています。我々は患者様の人生における生活制限の時期を短くする視点から、必要な手術は御提案をさせて頂いております。またクローン病の重要な合併症である肛門病変(痔瘻や肛門周囲膿瘍)の治療でも消化器外科と連携しています。
<最先端で専門性の高い内視鏡治療>
潰瘍性大腸炎では上記のように内視鏡検査で早期発見した軽度異型上皮を中心に、適応を正確に判断して、内視鏡的な切除を行っています(下図)。内視鏡で切除した検体を、顕微鏡による病理検査で診断して、細胞レベルで完全に切除されていれば、内視鏡治療したのと同じ結果になります。
一方、クローン病では、腸管に狭窄の合併症を生じることがよくあり、手術が必要な場合もあります。当科はクローン病の小腸や大腸の狭窄に対する手術回避を目的とした内視鏡的バルーン拡張術(下図)の経験を豊富に有しております。厳密に適応を判断し、リスクや長期的な治療方針と併せて御提示させて頂いております。
専門外来
・炎症性腸疾患内科外来
担当医 | 渡辺憲治、高嶋祐介 |
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診療日 | 月、水、木、(金は地域連携予約初診専用、不定期) |
受診方法 | 地域連携予約、紹介状持参が必要です。(※) |
※炎症性腸疾患(IBD)は、今までの病歴や今後の診療方針など最初の外来診察で長い時間を要します。是非、紹介元の主治医からの地域連携予約による、紹介状を御持参されての受診(初診)を御願い致します。
主な検査・設備など
血液検査(LRG[ロイシンリッチα2グリコプロテイン]などバイオマーカー検査やNUDT15[Nudix hydrolase 15]による免疫調節剤投与のリスクに対する遺伝子検査などを含む)、便検査(便中カルプロテクチンなどバイオマーカー検査を含む)、抗TNFα抗体製剤(インフリキシマブやアダリムマブ)血中濃度測定やチオプリン製剤の6TGN測定など薬物動態的検査による治療の最適化
大腸内視鏡検査、小腸内視鏡検査(バルーン内視鏡、カプセル内視鏡)、上部消化管内視鏡検査
CT検査、MRI検査、超音波検査、骨塩定量検査など
診療科紹介
炎症性腸疾患内科は当院IBDセンターを基盤にした炎症性腸疾患(IBD)に対する専門診療科です。IBDは同じ病名でも、潰瘍の程度や範囲、合併症、治療に対する反応性が個々の患者様によって異なっており、多様性に富む病気です。当科では、その多様性に対応すべく、上述のように種々の専門的な診療を行っており、特に他院での治療で難渋されている患者様、より高度で専門的な診療を希望される患者様、御自身の病気に不安を持っておられる患者様などの受診を期待しております。
一方で下図の潰瘍性大腸炎の患者様と医師に対するアンケート研究の結果のように、患者様にとって診療の上で大切なことは時として医師の視点とは異なっていることもわかっております。当科は最先端で高度なIBDの専門診療を行うと共に、こうした個々の患者様の御心配、悩みにできるだけ寄り添った診療を行って参ります。
診療科長 渡辺 憲治
スタッフ紹介
氏名 | 職位 | 専門領域 | 資格など |
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渡辺 憲治 | 特命教授 | 炎症性腸疾患 |
日本炎症性腸疾患学会 指導医・専門医 日本内科学会 認定内科医・指導医 |
高嶋 祐介 | 医員 | 炎症性腸疾患 | 日本内科学会 認定内科医 日本消化器病学会 専門医 日本消化器内視鏡学会 専門医 |
外来担当表
曜日 | 月曜日 | 火曜日 | 水曜日 | 木曜日 | 金曜日 |
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炎症性腸疾患内科 | 高嶋 | 渡辺 高嶋 |
渡辺 | 渡辺(地域連携予約初診専用、不定期) |