がん治療の現場から 富山大学附属病院 集学的がん診療センターの先端医療
9/66

一人ひとりの生命力を信じ最期まで本人らしく─がんに苦しむ患者さんに対し、どのような信念で臨んでこられましたか。がん遺伝子パネル検査によって、将来的に原因遺伝子が特定されたり、新薬が開発されたりする可能性は非常に大きいのですが、現段階では遺伝子の変異によるがんの発生機序がすべて解明されているわけでも、それに合った薬が必ずあるわけでもありません。医療は「検査」―「診断」―「治療」の3段階で進みますが、がんゲノム医療は「検査」がスタートしたに過ぎません。課題は3つあります。一つ目は、がん関連遺伝子の変異が見つかっても、それに対する薬剤の開発が遅れています。現状では、検査を受けた人の1割しか投薬を受けられていません。二つ目は、遺伝性腫瘍の問題です。遺伝子の変異は、喫煙や放射線被ばくなど発がん性の刺激によって後天的に発生すると言われており、この種のがんは当然のことながら子にうつることはありません。しかし、体質的にがんになりやすい遺伝形質を持っている人が、程度の差はあるのですが、約5%存在します。遺伝性腫瘍があることはわかっていたので、以前から注意していましたが、がん遺伝子パネル検査をすることによって遺伝性腫瘍に関わる変異の発見率が上がってしまいます。見つかった場合、本人のみならず家族にまで関わる2次的所見をお話ししなければなりません。当院ではこうした遺伝性腫瘍の方のための遺伝カウンセリング制度を設けています。三つ目は費用です。大変高額な検査なので、対象が拡大すれば、医療保険財政にとって大きな負担となります。腫瘍の分野を専門にしてきたので、生死に接しているという自覚はあります。ただ、自分の力で「死」を「生」に変えられるという考え方は持っていません。「人間が人間らしく暮らすことができていればいい」と思っています。患者さんが亡くなるのを止められないこともあるので、最期の時までその人がその人らしく生きられるようにと思っています。 最も大切なのは、一人ひとりが持っている生命力で、医療はお手伝いでしかないと考えています。人には恒常性があり、そのバランスが崩れた時に病気になりやすいものです。バランスを保つことを念頭に、医師として治療にあたっています。免疫チェックポイント阻害薬を使うようになって特に感じるのは、本人の免疫の力がないと治療がうまくいかないことです。抗がん剤も同様で、元気がある人は乗り切れるのですが、体力のない人は一気にがんに侵されてしまいます。患者さんの心身のバランスを取りながら、適時適切に治療を進めることを心がけています。がんゲノム医療の受診方法などの詳細は、P60「がんゲノム医療を希望される方へ」をご参照ください。将来的には、がんは制御できる病気になると思っています。がん遺伝子パネル検査で、「検査」の精度は確実に上がります。治療薬の開発は遅れていますが、2000年の分子標的薬、2014年の免疫チェックポイント阻害薬の登場というブレイクスルーがあったので、正確な診断と合わせて、必ず良い方向に進むと信じています。 7    ─課題や注意点はありますか。─ゲノム医療はがん治療の最先端として期待されていますが、患者さんへのメッセージをお願いします。修了2002年 英国インペリアルカレッジ 客員研究員2005年 富山医科薬科大学内科学 第一助手2013年 富山大学附属病院第一内科 講師2017年 富山大学附属病院臨床腫瘍部 教授【認定資格・所属学会】日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医・指導医日本呼吸器病学会代議員・専門医・指導医日本がん治療認定医機構がん治療認定医日本アレルギー学会専門医日本気管支内視鏡学会専門医・指導医日本結核病学会結核・抗酸菌症認定医日本内科学会総合内科専門医・指導医profile林 龍二(はやし・りゅうじ)富山大学附属病院臨床腫瘍部 教授がんゲノム医療推進センター長【専門分野】腫瘍内科、呼吸器内科、肺癌、間質性肺炎【略歴】1991年 富山医科薬科大学(現富山大学)卒業2000年 富山医科薬科大学大学院医学系研究科博士課程

元のページ  ../index.html#9

このブックを見る